レオニダス

世間にはバレンタインデーという日がある。私はチョコが好きでないので特別楽しみな日ではないが、カップルや、意識している異性がいる人にとっては一大イベントであったりするだろう。有名な話だが、日本のバレンタインデーは世界的に見ると異例で、チョコを渡すのは日本くらいだし、女性から男性に渡すのも日本くらいである。バレンタインデーの起源は諸説あるが、バレンタインというのは西暦260年くらいの時にいた実在する人物名で、当時訳あって結婚が許されていなかった若者の為にこっそり結婚式を開いてやったらローマ帝王に見つかって処刑されてしまい、その日が2/14だったのでカップルの聖典にしよう!みたいなのが一般的な説である(しかし歴史的観点で見ると矛盾点も多く100%正しいとは言い難い)。

 

話は変わるが私は最近ベッドを買った。眠り姫という格安ベッド通販サイトで購入した。私はこれまで生まれてこのかたベッドのある生活をしたことがない。実家が狭いこともあり常に布団を敷いて生活してきた。したがって、ベッドと言うものは如何わしいホテルか、もしくは如何わしくないホテルでしか見たことがないし、使ったこともない。初めてだからと私は少し興奮気味に、見た目重視でベッドを選んだ。セミダブル宮付き、コンセントありの収納付きベッドだ。マットレスも布団セットもセミダブル用の、しかもちょっこかっこつけてモノクロのものをわざわざ購入した。お洒落な照明も買ったし、文字盤がなくて正確な時間がいまいちわからないそれっぽい置き時計も買った。これで準備は万端である。格安ベッドは往々にして組み立ては自分で行う。私は夜中までかかってベッドを組み立てながらその構造に一石を投じたくなった。なんだか、自分が思っていたベッドよりも、耐久力がなさそうなのだ。如何わしいホテルも、如何わしくないホテルもベッドは頑丈で、飛び跳ねたりジャンプしたり、男女の営みを行なったとして壊れることは絶対にないしそんなそぶりも見せない。ここでようやく私は、市販の安いベッドは耐荷重が低いのでは?と気付いてしまった。そして、眠り姫のサイトに戻って詳細を念入りに調べた。そこには耐荷重120Kgと書かれていた。私と、マットレスと布団を足せば100キロ弱である。これは、大変なことだ。私だって男。いつ、このベッドでその時が訪れるかわからない。

 

 

「お邪魔します。へえ、結構片付いてるんですね。意外。」

物の少ない閑散とした僕の家を眺めて彼女は呟いた。

「まあ、ね。仕事忙しくて家にいる時間も少ないし。」

心臓の音が彼女に聞こえてしまうのではないかと緊張していたが、平静を装う。

「お茶を煎れるよ。ソファに座ってて」

そう言って振り返ると、既に彼女はソファに座って足を崩していて、悪戯っぽく笑ってこう言った。

「えー。お酒がいいなぁ」

目のやり場に困るからちゃんと座って欲しい。

「さっき散々飲んだじゃないか」

声は震えていなかっただろうか。僕はロックグラスに氷を入れながら思う。

 

彼女と飲み直した時のことは正直あまり覚えていない。幸せな空気に包まれて、終始ぼうっとしていたことは覚えている。

途中、少し頭を冷やして酔いを覚まそうと思ってトイレの帰りに寝室に行きベッドに腰かけた。彼女は、やっぱり僕に気があるだろうか。頭の中を彼女が爆発的に侵食していき、ぐるぐると渦巻いて僕に絡みつく。酒だ。そうだ、これはきっと酒のせいもある。少し落ち着こう。

「あれー、こんなとこにいたんですか?」

不意に彼女の声で僕は現実に戻る。

「あー、うん。ちょっと酔っちゃったなって」

彼女は微笑みながら僕の隣に座った。何も言わずに僕を見つめるその表情からは何を思っているのかわからない。僕の方が年上のはずなのに、彼女の方がずっと落ち着いて見えた。世の中には、いい沈黙と悪い沈黙があるが、これは前者だ。僕らはその沈黙を充分味わってから顔を近づける。自分が思っていたよりも随分極あっさりと唇が触れる。驚くほど柔らかい感触を楽しむまもなく男女はベッドに倒れ込んで絡み合った。ベッドは少し苦しそうにギシギシと音を立てていた。本当に、ギシギシという表現は合っているんだな。と思ったのも束の間、その音はどんどん大きくなり、僕が彼女のブラウスの第三ボタンに手をかけたところでベッドの底が抜けてしまった。僕のベッドの耐荷重は120Kgだったのだ。

 

 

ほら、ね。これはまずいでしょ?こうなったらきっと彼女帰りますよ。怒って。ということで私はいつ訪れるかもわからないその時に備えて耐荷重の勉強をバレンタインデーにすることとなった。久々に物理学を勉強したが、どうやら僕のベッドはしっかりした足を8本ほど付け足せば200Kgちょっと耐えられる様になるらしい。2×4の長い木材を買ってきて、210㎜間隔に切って、インパクトドライバーでくっつけて支えにしよう。耐荷重の計算なんて、今後の人生に役立つかは分からないが、勉強してしまったものは仕方がない。

ということで私はカップルの聖典の日に、いつ来るかも分からない日に備えてホームセンターへと赴くのであった。